【試合分析】セレッソ大阪の奇策「ゼロトップ」をいかに攻略したか?ヴィッセル神戸、後半の修正力と日髙光揮の覚醒|百年構想リーグ第8節
【試合分析】セレッソ大阪の奇策「ゼロトップ」をいかに攻略したか?ヴィッセル神戸、後半の修正力と日髙光揮の覚醒|百年構想リーグ第8節
2026年3月22日、ヨドコウ桜スタジアムにて明治安田J1百年構想リーグ地域リーグラウンドWESTグループ第8節、セレッソ大阪対ヴィッセル神戸の一戦が行われた。ガンバ大阪戦から中3日で迎えたこの試合、結果は1-1のドローの末、PK戦(5-6)でセレッソ大阪に軍配が上がる形となった。大迫勇也、武藤嘉紀ら主力を欠く中で臨んだ4連戦の最終戦において、前半の苦境からいかにして立ち直り、同点に追いついたのか。ヴィッセル神戸の視点から、この試合の戦術的な攻防と今後の展望を深く分析していく。
試合結果
△ 1-1
(PK 6-5でC大阪勝利)
得点者:日髙 光揮(67’)
セレッソ大阪:井上 黎生人(12’)
■ 予測不能の奇策:セレッソ大阪の「ゼロトップ」に苦しんだ前半
前半の45分間、ヴィッセル神戸はセレッソ大阪が用意した予想外の戦術に戸惑い、防戦一方の展開を強いられた。C大阪のアーサー・パパス監督は、直近の公式戦7試合で6得点にとどまっていた攻撃の停滞を解消するため、それまで前線のターゲットとなっていた190cmの櫻川ソロモンをベンチに置き、164cmの本間至恩と161cmの柴山昌也を前線に並べる「ゼロトップ」システムを採用したのだ。
この戦術の狙いは極めて明確であった。本来チャンスメーカーである本間と柴山が頻繁に中盤へと下がり、ヴィッセルのアンカーである扇原貴宏の脇のスペースを突くことで、中盤に数的な優位を作り出すことである。ヴィッセルのインサイドハーフである郷家友太が扇原をフォローする動きを見せたものの、数的不利は否めず、守備の基準点を定められない時間が続いた。さらに、C大阪のボランチである石渡ネルソンが、下がってきた本間や柴山へボールを配給し再び前を向かせる役割を担い、ヴィッセルが前線からプレスをかけようとする意思をことごとく空転させた。
また、この日のヴィッセルは前節から先発メンバーを6箇所変更しており、マテウス・トゥーレルを右センターバック、山田海斗を右サイドバック、カエターノを左サイドバック、乾貴士を左インサイドハーフ、広瀬陸斗を右ウイング、永戸勝也を左ウイングに配置するという大幅なテコ入れを行っていた。ヴィッセルの代名詞である「前からボールを奪いに行く守備」は、連動性と次のパスコースを限定する緻密なバランスによって成り立っているため、この急造の布陣によって生じたわずかな「ズレ」が、守備をさらに難しくさせた。
そこに左サイドハーフのチアゴ・アンドラーデの圧倒的なスピードが加わり、右サイドバックのトゥーレルはその対応のみに追われてしまったため、ヴィッセル全体が後ろに重くならざるを得なかった。結果として前半12分、コーナーキックの流れから井上黎生人にヘディングシュートを叩き込まれ、先制を許してしまう。扇原自身も試合後、「前半は立ち位置、守備のスイッチを含め、ちょっとチームがバラバラだった」と語り、対応が後手へ回っていたことを認めている。
■ スキッベ監督の采配:守備ブロックの再構築と息を吹き返した後半
しかし、ハーフタイムを挟むと、ミヒャエル・スキッベ監督はすぐさま修正に動いた。後半開始から選手交代を行い、センターバックに山川哲史とトゥーレル、サイドバックに広瀬陸斗と永戸勝也という「いつもの並び」に最終ラインを再構築したのである。
これによってヴィッセルの守備は劇的に安定を取り戻した。長きにわたって積み重ねてきた連携の強さが発揮され、前線からのプレスも機能し始める。数字の上でもその変化は明らかで、前半はシュートゼロ、パス数245本と相手を下回っていたヴィッセルだが、後半だけで7本ものシュート(うち5本が枠内)を放ち、最終的なパス数でもC大阪を上回るなど、完全に主導権を握り返すことに成功した。
■ 日髙光揮の覚醒:チームを救った値千金の同点弾
その勢いが実を結んだのが、後半22分(67分)の同点ゴールである。後半から乾に代わって投入された日髙光揮が、見事な同点弾を叩き込んだ。
このゴールは、チーム全体の連動と個人の高度な戦術眼が融合した素晴らしいものだった。ジエゴからのパスを受けた濱﨑健斗が相手の裏へボールを送り、そこに抜け出した郷家友太がシュートコースを消されていると判断して中央の小松蓮へ戻す。小松が胸で落としたボールに対し、ジエゴがマークを引き連れながらスルーする動きを見せ、最後に走り込んできたのが日髙であった。
ここで特筆すべきは、日髙が見せたボールを受ける前の「準備」である。日髙はペナルティエリアへ走り込む際、一瞬だけ逆サイドに首を振り、万が一のカウンターに備えるリスク管理を行っていた。さらに、シュートを放つ直前に一度ボールを追い越し、右足にボールを置き直すことで相手ディフェンダーを背中でブロックする態勢を整え、迷いなく左足を振り抜いた。日本代表経験もある相手GK中村航輔の上を撃ち抜いたこの一撃は、かつてサイドバックへコンバートされた経験から広い視野と縦への意識を身につけた日髙の、大きな成長を証明するゴールとなった。
■ 攻撃の課題と乾貴士が見せた「時間を作る」プレーの重要性
後半は逆転のチャンスを十分に作り出していたヴィッセルだが、ペナルティエリア付近での攻撃リズムが「一定」になってしまうという課題も浮き彫りになった。サイドにボールを展開し、クロスを上げ、詰まったら中央の扇原を経由して逆サイドへ回す、という定型化された攻撃は、相手にとって対応しやすい。大迫や武藤といった圧倒的な個の力がない状況においては、相手の守備リズムを崩す工夫が求められる。その解決策の一つが、ゴール前で「時間を作る」プレーである。前半のみの出場となった乾貴士は、まさにその体現者であった。相手の密集地帯でもボールを失わず、3分には永戸へ、5分には小松を経由してペナルティエリアへ、的確なスルーパスを通してみせた。乾のように相手を引きつけ、味方にスペースを与えるプレーがチーム全体に浸透すれば、ヴィッセルの得点力はさらに向上するはずだ。
■ 若手の台頭と今後の展望:大混戦の西地区を勝ち抜くために
試合は90分で決着がつかず、PK戦へ突入。ヴィッセルは若き濱﨑健斗のシュートがクロスバーを叩くなどし、5-6で敗戦を喫した。しかし、大迫や武藤、酒井高徳ら絶対的な主力を欠く中で、強敵相手にしぶとく勝ち点を拾い上げたことは、AFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)を見据える上でも非常に大きな意味を持つ。
特に、攻守のキーマンとしてピッチ上の監督さながらの冷静さを見せた広瀬陸斗の存在感は圧巻であり、左足の鋭いキックを持つ新戦力カエターノも実戦経験を積めば強力な武器になることを予感させた。PKを外した濱﨑も、試合を通して確かな存在感を示しており、次代を担う選手へと成長しつつある。
現在、ヴィッセル神戸はJ1西地区で暫定3位につけている。首位との勝ち点差はわずか1であり、消化試合が1試合少ないことを考慮すれば、十分に首位を狙える好位置だ。次戦はホーム・ノエビアスタジアム神戸に、リーグ屈指の完成度を誇るサンフレッチェ広島を迎える大一番となる。古巣対決となるスキッベ監督の采配を含め、チーム力の底上げが進む今のヴィッセルがどのような戦いを見せるのか。サポーターにとっても、現在のJリーグにおける最高レベルの戦いをスタジアムで目撃する絶好の機会となるだろう。
※この記事は、DAZN観戦と・ヴィッセル神戸「覆面記者の目」の解説をもとに作成しています。